広島高等裁判所 昭和43年(ネ)8号 判決 1968年12月17日
控訴人 株式会社広島血液銀行
右代表者代表取締役 土谷太郎
右訴訟代理人弁護士 秦野楠雄
被控訴人 土谷民
右訴訟代理人弁護士 人見利夫
同 加藤公敏
主文
原判決を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は、第一、二審共被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
(被控訴人の主張)
被控訴代理人は、その請求の原因として、
一、被控訴人は、控訴会社の株主である。
二、控訴会社は、昭和三四年三月一五日招集した臨時株主総会で、土谷太郎、土谷民及び沢英堅を取締役に、西亀耕二を監査役に選任する旨の決議がされたとして、同月二四日その旨の登記手続をした。
三、しかし、右臨時株主総会を招集した事実はなく、従って右決議は存在しない。このことは、控訴会社に備置されている右総会議事録には、当日代表取締役土谷剛治が出席し、議長として議事を進行して右決議がなされた旨記載されているが、右土谷剛治は、右総会期日の前である同年同月三日に死亡している事実に徴しても明らかである。
四、よって右決議の無効確認を求めると述べた。
(控訴人の主張)
控訴代理人は答弁として、第一、二項の事実は認める。第三項中被控訴人主張の如き議事録の記載があること土谷剛治がそれより以前に死亡したことは認めるが、その余の事実は争う。
一、控訴会社は亡土谷剛治の親族縁者が発起人となって設立した所謂同族会社である。
二、昭和三四年三月一五日の株主臨時総会は、亡剛治をたすけて業務を共にしていた取締役土谷太郎が同河合浩と協議の上口頭又は電話をもって、当時の株主九名(但し亡剛治(持株数九〇〇株)を除く)沢英堅(六〇〇株被控訴人の従兄弟医師)同圭次(六〇株英堅の子)河石九二夫(三〇〇株医師で遠類の親近者)同鶴子(六〇株九二夫の妻)同浩(六〇株九二夫夫妻の子で医師)土谷民(六〇株亡剛治の妻)同太郎(六〇株剛治、民の長男医師)西亀耕二(三〇〇株土谷民の長兄医師)同泰三(六〇〇株耕二の実弟)を招集し、広島市大手町八丁目一五四番地(控訴会社本店所在地と大体同一場所である)の亡剛治の居宅において開催されたものである。その議題は剛治死亡による欠員取締役及び代表取締役の選任決定であることは株主全員が知悉していることであって、出席株主全員なんら異議なく取締役土谷太郎を再任し、沢英堅及び土谷民を取締役に、西亀耕二を監査役に選任したのである。
以上の次第であるから、本件臨時株主総会は事実上存在し、その席上なされた本件決議はなんら無効ではない。
三、被控訴人は右総会決議によって取締役に選任されたことを承認し、現在に至るまで、その職務を行っているものであるから、かりに決議にかしがあったとしても期間の経過により治ゆされたものであると述べた。
(証拠関係)≪省略≫
理由
本訴の趣旨は、昭和三四年三月一五日の臨時株主総会は、開催せられた事実がないにもかかわらず、右総会において、取締役らの選任決議がなされ、その旨の登記がなされているから、右総会決議は存在しないという意味において、該決議の無効確認を求めるというにある。
そこで、本件の場合について検討するに、≪証拠省略≫を綜合すると、控訴会社は親類縁者一〇名をもって昭和二七年三月設立された所謂同族会社であるが、代表取締役土谷剛治が昭和三四年三月三日死亡したので、取締役であった土谷太郎(当時の取締役は以上二名の外、河合浩がいた。)が急拠その後任人事を決定するため、同月一五日、電話又は口頭をもって株主らを召集し(但し、河石鶴子を除く)、その結果沢英堅(六〇〇株)、西亀耕二(三〇〇株)、河石九二夫(三〇〇株)、土谷太郎(六〇株)、土谷民(六〇株)のほか、剛治(九〇〇株)、(以上カッコ内は各人の持株数、総株式数は三〇〇〇株)の相続人の資格において、民、太郎、崇、章子(但し、二郎は欠席)が出席し、その席上、取締役として土谷太郎、沢英堅、土谷民、監査役として西亀耕二が夫々選任決議された事実を認めることができる。他に叙上の認定に反する証拠はなく、又乙第六号証の右総会議事録には、議長代表取締役として当時既に死亡していた剛治名義の署名捺印がなされているからといって、前記認定が左右されるものではない。
そうだとすると、昭和三四年三月一五日臨時株主総会が招集され、その席上、前記決議がなされた―即ち決議は存在する―と謂うべきである。
尤も、前記認定の事実からも明らかなように、本件決議は、招集権者により、法定の手続を経て招集された株主総会において、法定数をもって適法に議決されたものといえないとしても、これらの手続上のかしは、夫々決議取消の事由となるに止まり、決議が不存在であるとする程のかしには当らないと解すべきである。
かりに、これら一連の手続上のかしが重畳するときには、株主総会として適法に成立せず、従ってその決議は無効と解する余地があるとしても、≪証拠省略≫によると、控訴会社は、剛治生前中から、株主総会とか取締役会招集などの手続をとることなく、随時一同が集ったとき相談して決めたことを、決議があったことにして、議事録を司法書士に作らせ、あらかじめ剛治において保管していた役員の印鑑を使用して、形式を整えていたこと。被控訴人は、本件株主総会における決議及び引続き開催された取締役会決議の各結果を、難波司法書士が書類にしたためたものに対し、自己が剛治に代って保管していた役員の印鑑を捺印しているのみならず、本件決議により取締役に就任することを承諾し、本訴提起(昭和四一年二月二一日であることは記録上明らかである。)迄約七年間その職務を執行しながら、その間別段本件決議の効力について異議を唱えることもなく、又本訴提起後においてもなお、その職務を続行していること。一方被控訴人民と控訴会社代表者太郎とは実母子関係にありながら、現在両者間に剛治の遺産をめぐり深刻な紛争が続けられていることなどの事実が認められる。
そこで、このような事実に加うるに、弁論の全趣旨に徴すれば控訴会社が給血という特異且つ重要な社会的使命を担う組織体であり、本件決議にして無効であるとすれば、控訴会社はその後における対内的及び対外的法律関係の処理に多大な支障を来たし、ひいては事業の円滑な遂行と発展は渋滞するであろうことが予測されるのに反し、被控訴人は、役員として自らもその責の一半を負うべき立場にありながら、本訴提起をもって剛治の遺産に対する自己の立場を有利に導こうとするか或は太郎を窮地におとしいれんとする動機に出たものであることは察するに難くないのみならず、商法が株主総会の決議取消又は無効確認の訴を、一定の枠内において制限的に認めようとしているその立法趣旨等に鑑みると、被控訴人の本訴請求は、民法一条の規定の精神に背き権利の濫用に当るものとして到底認容することはできない。
よって、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は失当として取り消すこととし、民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 柚木淳 裁判官 竹村寿 加藤宏)